[アダルトチルドレン]誰かのために

わたしは常に 誰かのため ばかりで生きてきました。

一番は「母」のためです。

自分では将来の仕事として「自分の為に好きなことをやっている」と思っていたつもりが、

いつのまにか、実は母の為に頑張るようになってしまっていたのです。

そうなるには、「父の死」という大きなきっかけがありました。

その時に私が出来ることを考えて、

母が寂しがらない様に、楽しいこと、喜ぶことをするためにがんばりました。

その後も、別の仕事場では

自分が変われば相手も変わるということを知ると、

相手の為に自分を変えようと努力しました。

昭和世代の縦社会に浸かっていましたので

上司や相手が喜ぶと思われることを懸命に探して、実行して

いつも正解を探し続けて生きるようになりました。

そうして、母や仕事場の人の喜ぶ顔がみれると、ほっと安心していました。

                 ー承認欲求のあらわれです。

今の不安な気持ちを紛らわせようとして

何か新しいことにチャレンジしていなければ落ち着かない、自分がいつもいました。

目立ちたいわりに自己肯定感が低く、

人に嫌われたくなくて自分を出さなかったり、

さびしくて、誰かに抱きしめてほしいという思いがいつもありました。

わたしは、幼い頃から

母の喜ぶ顔をみたいために頑張ってきました。

わたしが幼稚園に行っていたころ、母が突然、家中のカギをなにも言わず閉めだしたのです。

わたしはお買い物に行くのだと思い「お手伝いしようか」と声を掛けたのですが、返事はなく、

いつもなら、「うん、おねがい」と言ってくれるのに、怒った顔でなにも言わずに出かけようとす

るのです。

いつもと違う、と感じたわたしは、「お母さん、どこいくの?」と聞きました。

すると「お母さん、もう出ていく! もう嫌だから!」とすごく怒っているのです。

わたしは、驚きと同時に「えっ、わたし、何か悪いことしたかな、なにか間違えていたかな、お母

さんの言う通りにしていなかったかな」と、色々思い出してみました。

けれど、その時は何も思いつくことがありません。

思いつくことがないと、もっと不安になってしまい、母にすがりながら「お母さん、ごめんなさ

い、お母さんの言うことをもっとちゃんと聞くから、出ていかないで!ごめんなさい!いい子にな

るから」と何度も言って泣きながら謝っていました。

と、同時に「お母さんが出ていったらお父さんに叱られる」とも思っていました。

しばらく必死に引き止めて母が鞄を下したとき、えっ、行かないでくれるの、と力が抜け

その時に、顔をあげてみると、申し訳なさそうな顔をした兄が立っていました。

その姿を見て「お兄ちゃんのことで、何かあったんだな」と理解しましたが、

その時から、わたしは「母を喜ばすために頑張るわたし」になってしまいました。

兄弟でよくお手伝いをしていたので、(させられていた、のかもしれません)

母の手伝いをもっとしっかりする、という感覚でずっといました。

買い物に行っても、重いものを持つのは私の役目、と張り切って、母にとっての良い子供でいよう

とがんばりました。

このことが、わたしがアダルトチルドレンになったきっかけだと、

やっと思い出すことが出来ました。

うつになってから、ほとんどのことを忘れてしまっていましたが、カウンセリングを受け初めてか

ら少しずつ思い出すようになってこれました。

カウンセラーさんと声を出して話をし、自分の事を言葉で伝え終わって、その後からまた何かを思

い出せてくるので、自分でも色んなタイミングで色んな事を鮮明に思い出すことができました。

そのことをカウンセラーさんに話すと、

それはとても良い兆候なんですよ、と言って頂いたときには

こころの底から嬉しかったです。

私はこのような経緯でアダルトチルドレンを克服することができました。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

読んでくださって少しでも、話してみようかな、と思っていただけましたら

遠慮なくご連絡ください。

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